宮崎県北部の高千穂郷・椎葉山地域に属する、人口約2,600人の椎葉村。
九州のほぼ中央に位置するこの村は、四方を山々に囲まれ、豊かな自然を生かす農業を中心とした人々の暮らしが、脈々と受け継がれています。
椎葉村は、約5,000年前の縄文時代から「焼畑農法」を今なお伝承し続けている場所。
焼畑は、古来より続く循環型の農法の一つで、肥料や農薬も使用しない、自然を活かし共に生きることを大切に考えられてきた、日本の伝統的な暮らしの営みです。
椎葉村の焼畑の歴史
椎葉村は、四方を山に囲まれており、平地がほとんどない起伏に富んだ地形をしています。そのため、山に入って狩猟を行うほか、焼畑農法によるヒエやソバといった雑穀の栽培が古くから行われてきました。
椎葉村のことを詳しく記す「日向国臼杵郡椎葉山村々様子大概書」によれば、延享3年(1746年)における椎葉村の耕地は、田んぼが2反歩余、畑が49町6反歩に対し、焼畑による耕作は492町2反歩余だったという記録があるほど。かつての椎葉村では焼畑が盛んに行われていたことがうかがえます。
自然に感謝する儀式でもある椎葉村の焼畑
豊かな自然に感謝する、厳かな儀式でもある椎葉村の焼畑。毎年8月上旬の天気の良い乾燥した日を選び、焼畑を行ないます。
焼畑の儀式の流れは以下になります。
①無事に火入れがすむよう山の神に御神酒を捧げ「火入れの唱え言」を口にする
・火入れの言葉
「このヤボに火を入れ申す。ヘビ、ワクドウ(蛙)、虫けらども、早々に立ち退きたまえ。山の神様、火の神様、お地蔵様、どうぞ火の余らぬよう。また、焼き残りのないよう、お守りやってたもうれ」
②火入れをし、ヤボ(草木)をすべて焼き払った後、ソバの種をまく
焼畑農法では、1年目はソバ、2年目からはヒエかアワ、3年目が小豆、4年目が大豆というように、輪作栽培を行なっています。そして、4年間ほど栽培した後は、再び20年〜30年間休耕し、森を再生させます。
様々な条件を考慮し、多くの手間と人の手を借りて行われる焼畑。自然と神様への感謝の念を抱きつつ、焼畑農法は受け継がれてきました。
時間をかけて森を再生する焼畑農法。山には様々な年月を経た焼畑パッチワークが広がる。
世界農業遺産認定!縄文時代から受け継がれてきた焼畑農法
椎葉村の伝統的な焼畑農法は、世界農業遺産として国際的にも認められました。
世界農業遺産(Globally Important Agricultural Heritage Systems(GIAHS):ジアス)は、イタリアのローマに本部を置く、食料の安定確保を目指す国際組織「国際連合食糧農業機関(Food and Agriculture Organization(FAO):ファオ)」の主導によって、2002年(平成14年)から始められた国際的な枠組みです。
世界農業遺産は、近代化の中で失われつつある、土地そのものの環境を生かした伝統的な農業、残された農村の文化・景観や生物多様性が守られた土地利用を「地域システム」として認定し、それらを一体的に保全、また次世代に継承していくことを目的としています。
椎葉村の伝統的な焼畑農法は、高千穂郷・椎葉山地域の「山間地農林業複合システム」の重要な要素の一つとして高く評価され、2015年に世界農業遺産への認定がなされました。
焼畑伝承への取り組み
椎葉村では現在、尾向地区に住む椎葉勝さんを中心とする「焼畑蕎麦苦楽部(やきはたそばくらぶ)」によって、椎葉家が所有する約50ヘクタールの森林での焼畑農法が継続されています。
原始的な焼畑を継承し、それを未来に伝える活動を行っている数少ない焼畑農家の一人の椎葉勝さん。椎葉さんを始めとした焼畑農家の方々、そして焼畑伝承への取り組みを始めるにあたり、椎葉村役場が中心になって新たに発足した「椎葉焼畑研究会」が協力し、焼畑農法を未来へと受け継ぐ様々な取り組みが始まりました。
その取り組みを進める中で、実際に椎葉村の隣の水上村では椎葉勝さんの指導を受け、都市部からの移住者によって焼き畑が行われるようになりました。また、椎葉村の夜狩内地区でも新たに焼き畑が行われています。
椎葉焼畑研究会が作る、焼畑の未来に繋ぐ2つの冊子
「椎葉焼畑研究会」とは、椎葉村の焼き畑の歴史や価値を見直し、どのように未来につないでいくのか、村内外の有志で話し合い、行動する組織です。さとゆめは、椎葉焼畑研究会の運営を平成28年度、29年度の2ヶ年、椎葉村役場から受託しました。椎葉村の焼畑を未来へ受け継ぐために、椎葉の歴史考証を始め、焼畑農法の作業定型化などを行なっています。
その一環で、これまで焼畑を受け継いできた椎葉村の人々への取材や口伝を読み解き、焼畑を知らない方にもその魅力が伝わる、椎葉焼畑の普及啓発冊子「椎葉の焼畑〜未来へつなぐ、森と人々のものがたり」と、マニュアル「椎葉の焼畑 手順書〜森を守り、未来へつなぐ循環型農法「焼畑」の全て〜」を作成しました。
椎葉の焼畑〜未来へつなぐ、森と人々のものがたり
椎葉の焼畑 手順書〜森を守り、未来へつなぐ循環型農法「焼畑」の全て〜
焼畑農法がどういった農法であるかということはもちろん、焼畑の歴史や火入れ前の準備から森の再生までの細かな手順、焼畑の担い手たちへのインタビューなど、”椎葉の焼畑”についてたっぷり詰め込まれた2つの冊子。読み終わる頃には焼畑の魅力をじっくりと感じることができます。
高千穂郷・椎葉山地域の世界農業遺産への登録を機に、地域の人々や伝承者の手を借り、改めて見つめ直されている”椎葉の焼畑”。今では、全国から焼畑を受け継ぎたい、とここ椎葉村に訪れ、新たな焼畑の担い手が誕生しつつあります。
日本の、そして世界の農業遺産として、今後も椎葉村の焼畑が受け継ぎ守られ、そしてまた日本中で焼畑がされていたあの頃のように、その輪は広がっていくのではないでしょうか。
あなたも焼畑のこれからを担う、一人になってみませんか?
椎葉村HP:http://www.vill.shiiba.miyazaki.jp/
世界農業遺産 高千穂郷・椎葉山地域HP:https://takachihogo-shiibayama-giahs.com/
記事/さとゆめ編集部